堂々と、らくがきを、する。

ふむ、これに尽きる気がします。これが出来れば何もいらんかもしれません。
「堂々とらくがきをする。」です。これが「ぐんじょうあえんイラストワークショップ」の目指すところでしょうか。そして、同じく、私の目指す所かもしれません。

さて、個人の話になりますが、今でもよく覚えているのが、父親に描いてもらった、ぶたの絵、です。これは時々、ワークショップなどでもお話をさせて頂いておりますので、聞いた事のある方はご勘弁を。

確か小学3年生のころだったかと思います。そのころの自分は、一気に線を引く、というよりも、こわごわ線を重ねて形にしていく、シャッシャ描き、というものを鉛筆でしていた様に覚えています。下手と言われるのはやっぱりイヤで、あたりはずれなく、どうにか形の出来て行く安全策である、しゃっしゃ描きです。絵を描くのは嫌いではなかったと思いますが、別段大げさな紙にかく訳でもなく、日々、ノートに走り書きをする感じだったかと思います。そんな時、父親に、何かを描いてくれ、とわたしはねだった、のだと思うのです。

父親は、サインペン片手に、さっさかさ〜と何かを描きました。ぱぱぱっぱ〜です、一気です。 

ちっとも写実的ではありませんし、うまい、わけでもありません。見るとそれはぶたのようなもの、でした。でも、群青は、ほれぼれしたわけです。その迷いなき堂々としたペン運びに。群青にとっては衝撃的な瞬間でした。 いじいじとシャッシャ描きをしていた自分をほんとに恥ずかしく思いました。そんなに堂々とした迷い泣きペン運び、が、憧れのイメージとして刷り込まれました。

そこからがスタートだった、とは言いませんが、今やっていることをたどっていくと、そこが原点なのかなあ、と感じる訳です。迷いなく、線が描ければ他には何もいらんといいますか。絵に関して言いますと、そこに辿り着く為に日々鍛錬(?)しているという風に思います。

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